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13 December 2013

New Order ‎– Movement [LP/Factory ‎FACT 50 1981 UK]

1980年5月18日にJoy DivisionのボーカルだったIan Curtisの自殺で、Joy Divisionは解散を余儀なくされ、残ったメンバーはバンド名をNew Order (ニュー・オーダー)と改名し、Bernard Sumner (vo,g,key)、Perter Hook (b,per)、Steven Morris (ds,key)のオリジナル・メンバーにSteven MorrisのガールフレンドのGillian Gilbert (g,key)を加えた4人で再スタートを 切る。1980年10月25日には英国マンチェスターで4人編成となったNew Orderの初ギグが行われ、1981年1月26日にはBBCの番組「John Peel’s BBC Radio 1」のスタジオライブに出演。「Truth」、「Senses」、「I.C.B.」、「Dreams Never End」の4曲を披露した。その後、1981年1月に1stシングル「Ceremony」(全英チャート34位)、1981年9月に2ndシングル「Procession」(全英チャート38位)の2枚のシングルをリリース。そして、1981年11月に発表されたのが、この1stアルバム「Movement」(全英チャート30位)である。プロデューサーはJoy Divisionの時と同じくMartin Hannettが担当し、アルバム・ジャケットのデザインも同じくPeter Savilleが担当した。アートワークはイタリアの未来派のアーティストFortunato Deperoによる1932年の博覧会「Futurismo Trentino」向けに作ったポスター作品がモチーフとなっている。さて、音の方はボーカルをPeter Hookが担当したA1. の「Dreams Never End」でJoy Divisionの影を振り払うような軽快なギター・ポップ・サウンド(この曲はNew Orderの中でも上位を争う名曲)を展開してスタートするが、A2.以降はまだIan Curtisの幻影に支配された陰鬱な曲が並び、ボーカルを担当したBarnerd Sumnerもこの時点ではIan Curtisをかなり意識していて、Ian Curtisの自殺からわずか1年足らずとういう事もあり、呪縛から逃れられない彼らの苦悩が伺える内容になっている。彼らの後に核となるエレクトロ・サウンドも、このアルバムの時点では、まだ限定的かつ実験的であり、試行錯誤の段階であったのだろう。それでも、独特な高音域のベースを主体に、リズムボックスやエレクトロ二クスを使用した曲などは、粗削りだが所々に今後の彼らの方向性がわずかながらも伺える。もがきつつも、とにかく前に進もうとする彼らの意思を強く感じさせる作品。後年、Peter Hookもインタビューで「あの時は、とにかく早く作品を出すことが重要だった。」と語っている。まだ、Joy Divisionの影を引き摺ってるサウンドという事もあり、New Orderファンにはあまり評価が高くないアルバムだが、Joy DivisonとNew Orderを繋ぐミッシングリング的役割を果たした重要なアルバム。特に、A1.「Dreams Never End」はNew Orderの中でも上位を争う名曲である。


《Track List》
A1.Dreams Never End
A2.Truth
A3.Senses
A4.Chosen Time
B1.ICB
B2.The Him
B3.Doubts Even Here
B4.Denial



 


29 November 2013

Glaxo Babies ‎– Nine Months To The Disco [LP/Heartbeat Records HB2 1980 UK]

Glaxo Babies (グラクソ・ベイビーズ)は1977年に英国ブリストルで結成されたPost-Punkバンド。地元のアート・スクールに通うDan Catsis (guitar)と地元でジャズ・ミュージシャンをしている父を持つTom Nichols (bass)が中心となり、Rob Chapman (vocal)、Geoff Alsopp  (drums)を誘い入れて結成された。グループ名は世界的な製薬会社のグラクソ製薬から取って付けられた。それは、彼らの歪んだ広告戦略への抗議の意味を含めての事らしい。結成のわずか3週間後には地元ブリストルので最初のライブが行われた。その後も地元でのライブを続ける中で地元のインディペンデント・レーベルHeartbeat Recordsと契約し、1979年1月に4曲入りEP「This Is Your Life」をリリース。このシングルはBBCの人気DJ、John Peelに絶賛されて、グループの名前はインディペンデント・シーン以外でも、広く知れ渡るようになる。 次のシングルの「Christine Keeler」ではファンクやダヴを取り入れたサウンドに傾倒し、その流れでアバンギャルドな要素を深め、同郷のThe Pop Groupとも交流を深めていく。しかし、この流れに違和感を持ったボーカルのRob Chapmanが脱退。入れ替わりにボーカルではなくインストゥルメンタリストのTim Aylettが加入、さらにサックス奏者のTony Wrafterも加えて、ドラムもGeoff AlsoppからCharles Llewelyにメンバー・チェンジした。そして新らたの編成で1980年に発表されたのがこのファースト・アルバム「Nine Months To The Disco」である。メンバーチェンジを経て、ボーカルが居なくなった事もあり、サウンドはさらに、フリージャズ、ファンクをベースにやダヴ、インダストリアル、現代音楽的な要素を取り入れた実験色の強い混沌としたサウンドに変貌しており、The Pop Groupの影響を色濃く伺わせる。A1.「Maximum Sexual Joy」のようなファンク・ナンバーからA2.以降のThe Pop Group風あり、インダストリアルあり、フリー・ジャズ風ありと一言では到底言い表せないサウンドが詰まった大傑作。このアルバムが彼らのオリジナルとしては結局ラスト・アルバムになってしまうがThe Pop Groupよりボーカルが入っていない分、こちらの方がよりその攻撃的サウンドが楽しめるし、個人的にはこちらの方が好みである。


《Track List》
A1.Maximal Sexual Joy
A2.This Is Your Vendetta
A3.Seven Days
A4.Electric Church
A5.Nine Months To The Disco
B1.Promised Land
B2.The Tea Master And The Assassin
B3.Free Dem Cells
B4.Dinosaur Disco Meets The Swampsstomp
B5.Conscience
B6.Slim
B7.Shake (The Foundations)


13 November 2013

The Pop Group ‎– For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder? [LP/Rough Trade ‎ROUGH 9 1980 UK]

1stアルバム「Y」でセンセーショナルなデビューを飾った、英国ブリストル出身のPost-Punkグループ、The Pop Groupの1980年にRough Tradeからリリースされた2ndアルバム。これが彼らのオリジナル・アルバムとしてはラスト・アルバムになる。このアルバムの録音前にベーシストのSimon Underwoodは脱退。入れ替わりにGlaxo Babies(グラクソ・ベイビーズ)のメンバーだったDan Katsisが加入する。ジプシーの子供が口づけをしているという衝撃的なレコード・ジャケットはAndre Kertesz が1917年に撮影した物。このアルバムにはアメリカのラップ・グループThe Last Poets(ラスト・ポエッツ)とのコラボレーション曲「One Out Of Many」も含まれている。「For How Much Longer Do We Tolerate Mass Murder?= 我々はこの先どれほど大量殺戮を見逃し続けるのか?」と題されたアルバムはそのタイトルが象徴するように、楽曲だけではなく、初回プレスのジャケットには世界各地の大量虐殺の事例やIRAの少年兵士、さらに軍隊の侵している犯罪行為の写真がコラージュされたパンフレットが挿入されるなど、彼らは過激な政治的メッセージを表明していた。さて、音の方は1stアルバムで見られたような、ファンク、ジャズ、レゲエ、ダブ、パンクなどが渾然一体としたサウンドが怒濤のように繰り広げられるが、この2ndアルバムではよりリズム隊が強化され、よりファンキーで明快なサウンドが提示されている。一方、Mark Stewartのボーカルはほとんどアジテーションと呼べるもので、抑えきれない衝動を叩きつけている感じだ。歌詞には国名などの固有名詞が次々と出てきて、政治的で強烈な告発がなされている。だが、この過激な政治的姿勢を取り続けるリーダーのMark Stewartに対して、他のメンバーは嫌気がさし始め、次第にグループ間に軋轢が生じるようになる。それでも、そういう状況下で収録されたこのアルバムは、楽器がぶつかり合う様な異常なテンションの高さで演奏されており、バンド間の緊張関係がそのままサウンドになって表れた、爆発度においては1stを凌駕した傑作。結局、このアルバムがリリースされる頃にはバンドは崩壊しており、解散状態の中でデモやライブを収録した編集盤の「We Are Time」をリリースを最後にバンドは正式に解散する。このテンションの高さ故にバンドは長く続かなかったが、彼らが残した攻撃的で混沌としたサウンドは、現在においても古さを感じないし、彼らが後生のバンドへ与えた影響は決して小さくない。


 《Track List》
A1.Forces Of Oppression
A2.Feed The Hungry
A3.One Out Of Many
A4.Blind Faith
A5.How Much Longer
B1.Justice
B2.There Are No Spectators
B3.Communicate
B4.Rob A Bank


4 July 2013

New Order ‎– Ceremony [12"EP/Factory FAC 33/12 1981 UK]

New Order (ニュー・オーダー)は1980年の5月に成功を期待されたJoy division (ジョイ・ディヴィジョン)のアメリカ・ツアー出発前日の18日にボーカルでフロントマンであるIan Curtisが自殺するという悲劇が起こり、残されたメンバーのBernard Sumner (vo, g)、Peter Hook (b)、Steven Morris (ds)の3人がJoy Divisionから名称を変えて再スタートしたバンドである。後にSteven Morris のガール・フレンドの Gillian Gilbert (g, key)が正式に加わり4人組となる。この「Ceremony」はNew Orderの1stシングルだが、この曲自体はJoy Division時代に書かれた作品であり、Ian Curtisもクレジットされている。因みにこの曲のオリジナルはJoy Divisionの未発表曲とIan Curtisのバーミンガム大学でのラスト・ライブを収めた編集版アルバム「Still」ではライブ・バージョン、これも編集版でCD4枚組Boxの「Heart And Soul」ではデモ・バージョンを聴くことが出来る。この残された曲をレコーディングするのにIan Curtisが書いたオリジナルの歌詞が残っていなかった為、Bernard Sumnerが録音状態が良くないデモ・バージョンのテープをグラフィック・イコライザーに掛けながら歌詞を起こしたり、ボーカルを誰にするかなど試行錯誤がかなりあったようだ。そして、1980年のキャンセルとなっていた5月のアメリカ・ツアーの代行ライブを9月にNew Orderとして敢行するがその際にニュージャージー州のスタジオでMartin Hannettプロデュースによって「Ceremony」とB面になる「In A Lonely Place」の2曲がシングルとして正式にレコーディングされる。このレコーディングはオリジナルメンバーの3人で行われ、この3人バージョンは1981年1月に7インチ(ブロンズに型押しの文字のジャケット)、3月に12インチ(ダーク・グリーンにゴールドの文字のジャケット)でリリースされ、その後、Gillian Gilberがメンバーに加わった為、「Ceremony」の4人バージョンを10月に彼らの地元マンチェスターで再レコーディングし、この4人バージョンは1981年7月に12インチ(アイボリーとブルーのツートーンのジャケット)で再リリースされている。この曲のサウンド自体はまだJoy Division色が色濃く残っているが、「Love Will Tear Us Apart」に匹敵する名曲でリード・ボーカルをBernard Sumnerが務めて、あまり上手くはないが繊細なボーカルを披露し、ベースのPeter Hookは高音域を強調したベース・プレイで曲をリードし、その後のNew Orderサウンドへ繋がる部分も垣間見せている。尚、この曲は後にNew Orderの1987年リリースのシングル集「Substance」に4人組バージョンが収録され、3人バージョンは2005年の「Singles」に収録されている。どちらのバージョンも甲乙付けがたいが、個人的にはリズムがクリアになり、スッキリ録られた4人バージョンより、ややノイジーでラフな感じに録られた3人バージョンが気に入っている。


《Track List》
A.Ceremony
B.In A Lonely Place



30 June 2013

Basement 5 ‎– 1965 - 1980 [LP/Island Records ‎ILPS 9641 1980 UK]

Basement 5 (ベースメント・ファイヴ)は1978年英国ロンドンで結成されたレゲエ経由のPost-Punkバンド。メンバー全員黒人だった事とそのサウンドから「黒いP.I.L.」と言われた。彼らはP.I.L.の1978年のクリスマスにレインボーで行われたライブのサポートでデビューする。メンバーチェンジが多かったこのバンドは当初、ボーカルをWinston Fergusが担当し、その後、一時的にクラブ"Roxy"のDJだったDon Lettsに、そして最終的にはP.I.L.のJohn Lydonの友人Dennis Morris が受け継いた。ドラム担当の方は当初、Anthony Thompsonだったがアルバム制作の初日に離脱し、元The 101ers、P.I.L.のRichard Dudanski が新メンバーとして加わる。そして、J.R.ことHumphrey Murray (guitar)、Leo Williams (bass)らが主要メンバーである。メンバーの経歴が凄いのでざっと紹介すると、ボーカルのDennis MorrisはSex PistolsやBob Marleyなどの写真で知られる 著名なロック写真家で、バンドでは作詞も手がけ、ジャケットに使用されたロゴ・デザインも担当した。因みにP.I.L.の2ndアルバム「Metal Box」のフィルム缶に収めるというアイデアも彼の発案だった。元ボーカルのDon LettsもJohn Rydonの友人で彼とP.I.L.のベーシストJah Wobbleにレゲエを紹介した人物である。Richard Dudanskiは後にドラマーとしてThe Raincoatsにも参加していて、さらにLeo Williamsはバンド解散後に先に紹介したDon Lettsと元The CrushのMick Jonesが結成したBig Audio Dynamiteに参加するなど才能溢れる凄いメンツがこのバンドには揃っていた。彼らの曲は当時の英国の若者の高い失業率、労働者階級の貧困によるストライキ、また人種差別などのMargaret Thatcher政権を痛烈に批判する内容が中心であった。「1965 - 1980」と題されたアルバムは彼らのデビュー・アルバムであり唯一のアルバムである。1980年の8月に録音され、プロデューサーにはFactory RecordsのJoy Division、A Certain RatioなどのプロデュースでおなじみのMartin Hannettが担当した。意外な組み合わせではあるが、Martin Hannettお得意のノイジーなドラムサウンドとノイジーなギター、そしてレゲエ特有のダブが融合したPost-Punkの大傑作。警察のサイレンをイメージしたギター・リフでスタートするA1.Riot、シングルになったB1.Last White Christmasはこのアルバムのベスト・トラック。これだけのメンツが揃い、音も素晴らしいのだが、意外にも地下に埋もれた存在になってしまっている所が残念だ。P.I.L.やGang Of Four、Killing JokeなどのPost-Punkが好きな人には是非お薦めの作品。


《Track List》
A1.Riot
A2.No Ball Games
A3.Hard Work
A4.Immigration
B1.Last White Christmas
B2.Heavy Traffic
B3.Union Games
B4.Too Soon
B5.Omega Man


23 June 2013

The Specials ‎– Specials [LP/Two-Tone Records ‎– CDL TT 5001 1979 UK]

The Specials (ザ・スペシャルズ)は1977年に英国中部の工業都市コヴェントリーで結成された白人と黒人の混成バンドでレゲエ・バンドThe Automaticsがその前身である。オリジナルメンバーはリーダーのJerry Dammers (vo,key)、Sir Horace Gentleman (b)、Lynval Golding (g)の3人で、その後、Terry Hall (vo)、Neville Staple (vo,per)、Roddy Byers (g)、が加わった。1978年夏のThe Clashの"One People Tour"の前座に起用されるが、同名のバンドがレコード会社と契約を結んだことを知った彼らは急遽"The Specials"と改名した。1979年に自らのレーベル"2 tone"を設立するが、名称は白人、黒人の混成バンドに因んで付けられ、白と黒の市松模様がレーベルのトレード・マークになった。1stシングル「Gangstars」のレコーディング前にJohn Bradbury (ds)が加わり、The Specialsは7人編成のバンドになる。1979年7月にリリースされた1stシングル「Gangstars」はRough Tradeの援助を受けて発売されると大ヒットとなって全英チャート6位を記録した。これで注目を浴びた彼らはメジャーのレコード会社の争奪戦の末、2 Toneレーベル全体との契約条件を申し出たCrysalisと配給契約を結ぶ。2 ToneレーベルからはMadness、The Selecter、The Beatなどを輩出するなど、2 Toneスカ・ブームを巻き起こした。当時、音楽の世界ではほとんど断絶していた白人と黒人移民が一緒にバンドを組み、音楽そのものを混血させたのは彼らが元祖である。この「Specials」は1979年10月に発売された彼らのデビューアルバム。プロデュースはElvis Costelloが担当した。元々、結成当初の彼らはパンキー・レゲエなサウンドを目指していていたが、この両者の融合は結果的に上手く行かず、試行錯誤の末に行き着いたのがスカのテンポを上げての融合だった。この目論みは見事に成功し、ジャマイカの60年代スカの細切れビートとパンクのスピーディーで激しいエネルギーで増幅させ、それらを見事に融合させたハイブリッド・サウンドである。もちろん本物のレゲエやスカなどに比べればビートは前のめりで、Terry Hallのボーカルは線の細さを感じさせるが、これが却ってリアルなストリート感覚を表現している。また、プロデューサーのElvis Costelloがあえて手を加えなかったこともあり、バンドの生のエネルギーが余すところなく収められている。このアルバムは後に世界中からフォロワーを生み出すスカ系のバンドの原型となった名盤である。


《Track List》
A1.A Message To You Rudy
A2.Do The Dog
A3.It's Up To You
A4.Nite Klub
A5.Dosn't Make It Alright
A6.Concrete Jongle
A7.Too Hot
B1.Monkey Man
B2.(Dawning Of A) New Era
B3.Blank Expression
B4.Stupid Marriage
B5.Too Mach Too Young
B6.Little Bitch
B7.You're Wondering Now


7 June 2013

The Cure - Three Imaginary Boys [LP/Fiction FIX-1 1979 UK]

The Cure (ザ・キュアー)は1976年英国サセックス州のクローリーで当時アート・スクールの学生だったRobert Smith (vocals,gaiter)を中心に同級生のMichael Dempsey (bass)、Laurence Tolhurst (drums,key)らで結成されたスリー・ピース・バンドEasy Cureが母体である。Easy Cure時代は比較的オーソドックスなパンク・サウンドを演奏していた。1978年にインディー・レーベルのSmall WonderからThe Cureとして「Killing An Arab」でデビューする。この曲はフランスの小説家Albert Camusの「L'Étranger = 異邦人」をモチーフにしている作品だが当時のジャーナリストの評価は芳しくなかった。その後、彼らはChris Parryの目に留まり、彼がPolydorの傘下に設立したばかりのFiction Recordsと契約する。レーベル第1号アーティストとして翌年の1979年の2月にデビュー・シングルの「Killing An Arab」を再発し、同年5月にリリースされたのが彼らのデビュー・アルバム「Three Imaginary Boys」だ。このアルバムはシングル曲が1曲も入っていないにも関らず全英チャート44位まで上昇した。Post-Punk期の真っ只中にリリースされたこの作品は彼らがダーク・ウェイブに変化する前のPost-Punk的サウンドを聴く事が出来る貴重なデビュー作で、彼らの歴史を知る上で重要な1枚であろう。さて、音の方は、かなりシンプルで隙間の多いチープな感触だが、スカスカのギター・サウンドながらRobert Smith独特の捻くれたアレンジとポップセンスが生み出すクールな空間は彼らならではの個性を早くも発揮している。特にA3.Grinding Haltはアップテンポのリズムにキャッチーなメロディでシングルに匹敵する好ナンバー。その後、彼らは間髪入れずに初期を代表する名曲「Boys Don't Cry」、「Junping Sometone Else's Train」のシングル2枚をリリース。残念ながら、それに前後してオリジナル・メンバーのMichael Dempseyが脱退。新たにSimon Gallup とMatthieu Hartleyが加わって4人組となり、Robert SmithはSiouxsie and the Bansheesのツアーにギタリストとして参加している。尚、このアルバムには上記のシングル曲は収録されていないが、翌年1980年に米国ツアーの際に発表された編集盤は「Three Imaginary Boys」から9曲とシングルの3曲を加え「Boys Don't Cry」として発売されている。


《Track List》
A1.10:15 Saturday Night
A2.Accuracy
A3.Grinding Halt
A4.Another Day
A5.Object
A6.Subway Song
B1.Foxy Lady
B2.Meathook
B3.So What?
B4.Fire In Cairo
B5.It's Not You
B6.Three Imaginary Boys
B7.The Weedy Burton


18 May 2013

Joy Division - Love Will Tear Us Apart [12"EP/Factory Fac 23-12 1980 UK]

Joy DivisionのボーカルのIan Cirtisは1980年5月18日に自宅アパートで首を吊って自殺した。当時23歳の若さであった。本日、2013年5月18日はIan Cirtisの命日で33回忌を迎える。ということで今回は彼の遺作シングルとなった名盤「Love Will Tear Us Apart」を紹介する。このシングルは彼が自殺するちょうど1ヶ月前の1980年4月18日にリリースされ、最終的に全英ヒットチャート13位まで上昇し、当時のインディーズレーベルの作品としては異例のヒットになった。ただ、突然の自殺でIan Cirtisを失ってショックを受けていた彼らにとっては初のヒットも「当然喜べなかったし、俺たちとは関係なかった、ただ、通り過ぎていく感じだった」と後年、メンバーのPeter Hookは語っている。このシングルは数々のバージョンが存在するがレコーディング自体は2回に渡って行われ、1980年の1月にオールダムのPennineスタジオで収録されたテイクと1980年3月にストックポートのStrawberryスタジオで収録のテイクが存在する。前者は後者よりもアップテンポでエフェクトが強調されたサウンドにエンディングもフェイドアウトせず終了するバージョンで、これがオリジナルバージョンであったが、結果的にはややアコースティックな感触の後者がシングルバージョンとしてリリースされた。すべてのバージョン甲乙付けがたいが、個人的にはベストアルバム「Permanent」に収録されているシングルバージョンのエンディングをIanのギタープレイでフェイドアウトしていくアレンジになったPermanent Mixが好きだ。音の方は高音でメロディアスな旋律を奏でるPeterの独特のベースに、人力テクノの様なメカニカルな音色のドラム、そして幻想的で美しく響くシンセサイザー、切ない歌詞を淡々と歌い上げるIanのボーカルが完璧にマッチしていて、これはもう完全にNew Orderのプロトタイプと言うべき音になっている。この曲はThe CureやU2など数々のアーティストがカヴァーされているが、時代を超えて今なおカヴァーされ続けている超名盤である。尚、Ian Cirtisの墓石には彼の妻Deborah Cirtisの希望により"LOVE WILL TEAR US APART"と刻まれている。


《Track List》
A1.Love Will Tear Us Apart (Recorded In Strawberry Studio)
B1.These Day
B2.Love Will Tear Us Apart (Recorded In Pennine Studio)

29 April 2013

Joy Division ‎– Closer [LP/Factory Fact 25 1980 UK]

Joy Divisionのフロントマン、Ian Curtis自殺後にリリースされた伝説の2ndアルバム。事実上、これがJoy Divisionにとってラスト・スタジオ・アルバムになる。このアルバムは1980年3月ロンドンのBritannia RowスタジオでMartin Hannettのプロデュースで録音された。当初このアルバムの発売に関してはFactoryレコード社長のTony WillsonはIan Curtisの自殺をニューアルバム宣伝材料にしたくないという理由で発売を躊躇っていた。しかし、ファンからの発売を求める声が凄く予定より1ヶ月遅れの7月にリリースされた。1stアルバムから1年後にリリースになるこの2ndアルバムはクラウトロックからの影響を感じさせるハンマー・ビートを基調とする部分は変わらないものの、多彩なパーカッションアレンジ、エレクトロニクスの使用もこなれて来ており、粗削りな面は薄れてよりゴシックタッチなサウンドアプローチがされたダークだが繊細で研ぎすまされた美しい作品になっている。全曲完成度の高い楽曲だが、オープニングを飾るパーカッシヴなリズムにノイジーのSEが絡むAtrocity Exhibition、メタリックなハンマービートに煌びやかなシンセが交錯するA2.Isolationは秀逸。そしてラスト2曲はIan自身が自ら死を予見しているかの様な葬送曲でこのアルバムのエンディングを飾るに相応しいダークで美しいナンバー。バンドの方はこのアルバム録音後、4月には名曲シングル「Love Will Tear Us Apart」をリリースし、米国ワーナーから100万ドルでのオファーやアメリカツアーも決まり、ライブ活動も精力的にこなすなど順風満帆に見えた。しかし、好調な周りの状況とは裏腹にIanの持病であるてんかんの発作はますます酷くなり、自らの持病や女性問題などで極度のストレスに晒された彼はバンド初のアメリカツアー出発前日の1980年5月18日に自宅アパートで首吊り自殺を遂げてしまう。まだ、23歳の若さだった。このアルバム・ジャケットはIanの死をイメージさせる墓の写真を使用しているが、これはIanが自殺したから使用したのではなく、彼が自殺前にデザイナーのPeter Savilleが「Closer」のジャケット・デザイン用に用意してた写真を数枚メンバーに見せ、選んだのが偶然にもこの墓の写真でIan自身も気に入っていたという。偶然とはいえ恐ろしくドラマティックなストーリーだ。Ianを失い、Joy Divisionは消滅するが、悲劇を乗り越え、彼らはNew Oerderとして復活を遂げる。このアルバムには収録されていないが、Ian Cirtis への葬送曲として最も相応しい「Atomosphere」の動画を貼付けて置きます。Ian Cirtis R.I.P

《Track List》
A1.Atrocity Exhibition
A2.Isolation
A3.Passover
A4.Colony
A5.A Means To An End
B1.Heart And Soul
B2.Twenty For Hours
B3.The Eternal
B4.Decades


27 April 2013

Killing Joke- Killing Joke [LP/EG EGMD 5.45 1980 UK]

Killing Joke(キリング・ジョーク)は1978年に英国ロンドンでJeremy "Jaz" Coleman (vocals,key)を中心にPaul Ferguson (drums)、Martin "Youth" Glover (bass)、Kevin "Geordie" Walker (gaiter)ら4人で結成されたPost-Punkバンド。元々P.I.L.のフォロワーだった彼らは翌年の1979年に自主制作でシングル「Turn To Red」をリリース。このシングルではP.I.L.の影響を感じさせるようなレゲエやダブを取り入れたサウンドが聴ける。これが人気DJ、John Peelのラジオ番組"Peel Session"に取り上げられて評判になった。1980年に発表された2ndシングル「War Dance」ではヘヴィーで激しく速いサウンドに変貌を遂げており、アルバムに繋がる原型を聴く事が出来る。さらに、彼らの凄まじいライブも評判となりメジャーレーベルVirginの傘下のE.G Recordsと契約。当時彼らは、P.I.L.、Joy Division、The Pop Groupらと共にPost-Punkの旗手的存在だった。この「Killing Joke」は1980年にE.G Recordsから発表された1stアルバム。このアルバムは全英チャート39位をマークした。さて、音の方は太く、ブンブンと唸るベースに、超重量級なハンマービート、ノコギリの歯の様にギザギザに尖ったメタリックなギターにディストーション掛かりまくりのシンセ、そしてJazの深く唸り上げるように怒りを漂わせたヴォーカルはテンションが高く、スリリングで緊張感を強いられるサウンドで恐ろしくカッコイイ。とにかく、とんでもないエネルギーが放出されていて、今、聴いても決して古く感じない。後続のインダストリアル・メタル系アーティストのMinistryやNine Inch Nailらなどにも多大な影響を与えたハードコア・ミュージックの大傑作。多作な彼らだが、このアルバムは間違いなくベストの部類であろう。このアルバムは全8曲捨て曲なしだが、A1.Requiem、A2.War Dance、A4.Bloodspot、B1.The Waitは超オススメ。


《Track List》
A1.Requiem
A2.War Dance
A3.Tomorrow's World
A4.Bloodspot
B1.The Wait
B2.Compilications
B3.S.O.36
B4.Primitive




25 April 2013

Section 25 - Always Now [LP/Factory Fact 45 1981 UK]

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Section 25は英国北部の都市ランカシャー州のブラックプールで1977年に2人の兄弟、兄のLarry Cassidy(bass,vocals)弟のVincent Cassidy(drums)で結成された。Paul Wiggin(guiter)が翌年11月に加わり3人組として活動を開始する。バンド名は精神健康法の条項が由来。レコードデビューは1980年の6月で7”シングル「Girl Don't Count」をFactory Recordsから発売する。このシングルのプロデューサーはレーベルメイトのJoy DivisionのIan Curtisと同マネージャー、Rob Grettonの二人が担当していて、Joy Divisionを彷彿とさせる暗黒Post-Punkサウンドになっている。このアルバムはFactoryのデザイナーPeter Savilleのデザインが凝っていて後面がカードポシェット型のデザインにイエローのジャケットの表面はワックス加工、ジャケット内側とインナースリーブには特許が掛けられているマーブル模様の特殊な素材を使っており、その為このレコードがプレスされる度にライセンス料が発生していた。採算を度外視して物作りをしていたFactoryらしいエピソードだ。さて、音の方だがプロデューサーMartin Hannettのお得意のエフェクトを掛けたノイジーなドラムサウンドとダークなシンセ、ミドルテンポのリズムに抑揚ない呟くようなボーカルとサイケデリックなギターとアルバム全般に陰鬱さが漂う暗黒サイケサウンド。レーベルメイトのJoy Divisionや後のNew Order、A Certain Ratioらのような華はないが、B級の魅力というか何故か癖になる魅力を持っている。その後、彼らはアメリカツアーを目前にギタリストのPaul Wigginが高所恐怖症を理由に飛行機での出発を拒否。これがきっかけでPaul Wigginは脱退、ギタリストを失ったSection25は新たなメンバーで再スタートを切り、レーベルメイトNew Orderの後を追う様にエレクトロニクスを駆使したダンサブル路線を進むこととなる。


《Track List》
A1.Friendly Fires
A2.Dirty Disco
A3.C.P.
A4.Loose Talk (Costs Lives)
A5.Inside Out
A6.Melt Close
B1.Hit
B2.Babies In The Bardo
B3.Be Brave
B4.New Horizon


26 May 2010

Clock DVA - Thirst [LP/Fetish FR2002 1981 UK]

Clock DVAは英国の工業都市シェフィールドで1978年に Adi NewtonとSteven "Judd" Turnerで結成されたインダストリアル、ポスト・パンクバンド。バンド名は影響を受けたAnthony Burgessの小説「時計じかけのオレンジ」が由来でDVAとはロシア語で"2"を示し、つまり2時という意味である。リーダーのAdi Newtonは同郷のThe Human Leagueの前身のThe Futuresのメンバーでもあった。当時Cabaret VoltaireやThrobbing Gristreなどとも交流が深く、1980年発表のカセット作品のWhite Souls In Black SuitsはCabaret VoltaireのChris Watsonが参加してWestern Worksスタジオで録音、ミックスされ、T.G主宰のIndustrial Recordsからリリースされた。1981年発表のThirstは彼らの2ndアルバム。このアルバムからメンバーにサックスのCharlie Collins、ギターのPaul Widger、ドラムのRoger Quailが加わった。音の方はインダストリル風な不穏なイントロで幕開けし、途中からリズム隊が加わり、その後は、うねる重低音なベースにフリーキーなサックスやノイジーなギター、Adi Newtonの押し殺すようなヴォーカルが加ってダークで緊張感あふれるファンクサウンドが展開される。フリー・ジャズ風なサックスプレイが圧倒的なSensorium、シングルになったキャッチーなフレーズの4 Hours、シャーマニックな雰囲気の中、ノイジーなギターとサックスが荒れ狂って絡んでくるImpressions Of African Winterと名曲揃いで聴き応え充分のアルバムである。


《Track List》
A1 Uncertain (7:04)
A2 Sensorium (2:38)
A3 White Cell (4:38)
A4 Piano Pain (3:15)
A5 Blue Tone (5:57)
B1 North Loop (4:50)
B2 4 Hours (4:00)
B3 Moments (6:25)
B4 Impressions Of African Winter (5:26)


25 May 2010

A Certain Ratio - To Each... [LP/Factory FACT 35 1981 UK]

A Certain Ratio(ア・サーテン・レイシオ)は英国マンチェスター出身のコールド・ファンク・バンド。1978年にヴォーカルのSimon Toppingを中心に結成され、Joy Divisionらと共に初期Factoryレーベルを代表するグループである。バンド名はBrian Enoの曲の歌詞の一節から取って付けられた。Factory社長のTony Wilsonに気に入られ、設立間もないFactoryレーベルと契約。1979年にMartin "Zero"Hannettプロデュースの7"シングル「All Night Party」でデビュー。この曲はJoy Divisionを彷彿とさせる暗黒Post-Punkサウンド。この時点ではグループはドラムレスでスタートしていた。その後、グループの方針もあり黒人ドラマーDonald Johnsonが加入してファンク色を強めて行く。このアルバムは1980年DemoとLiveを収録した限定販売のカセットのリリースを経て、1981年に発表された実質的1stアルバム。プロデュースはこのアルバムもMartin Hannettが担当している。基本的にはファンクがベースにはなっているが、開放的躍動感などはなく、不安感を掻き立てられるフリーキーなトランペット、空間を埋めるように漂う効果音、幽霊のようなヴォーカルがダビーに処理され、ダークかつクールな音空間。Martin HannettらしいレーベルメイトJoy Divisionとはまた違った暗黒の世界観だ。ACRのメンバーMartin Moscropは当時のエピソードとして「このアルバムはNYのスタジオで録音し、ファンキーなアルバムしようとしたが、プロデューサーのMartin Hannettがファンキーなドラマーの音をバスドラもスネアもハイハットもバラバラに録ってしまい、グルーヴがなくなってファンク感を殺してしまった。それとそのスタジオでは彼の気に入るおもちゃ(ディレイ、タイムモジュレーター)がなく、結局マンチェスターに戻り、機器の揃っているストロベリースタジオでEQをいじくりまわしてミックスダウンした。」と語っており、これが異様なファンクサウンドを生み出した一つの要因になってたようだ。 やはり、初期のFactoryレーベルの音はMartin Hannettのセンスに負う事が大きかったのである。コールド・ファンクの名盤。

《Track List》
A1 Felch (3:45)
A2 My Spirit (2:28)
A3 Forced Laugh (5:53)
A4 Choir (2:51)
A5 Back To The Start (7:49)
B1 The Fox (3:46)
B2 Loss (3:23)
B3 Oceans (3:30)
B4 Winter Hill (12:45)


14 August 2008

Thomas Leer & Robert Rental - The Bridge [LP/Industrial IR0007 1979 UK]

1979年Throbbing Gristlle主宰のIndustrial Recordsからリリースされた多重録音のパイオニア的存在のThomas LeerとThe Nomal名義で「Warmleatherette / T.V.O.D」をヒットさせたMute Recoeds社長のDaniel Millerとの共演で知られるスコットランドの電子音響アーティスト、Robert Rentalとの共作のアルバム。わずか2週間で制作されたという8トラックの宅録作品。もともと彼らはパンクムーブメントの時にスコットランドからロンドンに出てきた友人同士でシングルの作成時も機材を共同で借り、それぞれのフラットで 録音していた。このアルバムのリリースに関してIndustrial Recordsは二人の音楽性とそれぞれの自主レーベルからD.I.Y精神に溢れる素晴らしいシングルを発表していることから、そんな二人を手助けしたいとの理由からだった。さて、音の方はチープなシンセとノイジーなギターが絡むインダストリアル風エレ・ポップでボーカルサイドのA.sideとThrobbing GristlleやCabaret Voltaireを彷彿とさせるインダストリアル・ノイズでオール・インストゥルメンタルサイドのB.side。といっても決してThrobbing Gristlleのような強迫的なノイズではないが冷蔵庫や家電製品の発生するノイズを使用したり、機材もThrobbing Gristlleから借り受けたこともあって非常に似通ったサウンドになっている。現在の基準で言えば、当時の機材の限界もあり非常にチープな印象も受けるのだが、それでも彼らのアイデアとD.I.Y精神が詰まった傑作だと思うし、テクノサウンドが好きな人には是非聴いてもらいたい作品である。特にIndustrial Recordのコンピレーションアルバム「The Industrial Records Story」でも取り上げられたA3.「Day Breaks Night Heals」は名曲だ。尚、Robert Rental氏は2005年2月に肺癌で他界されている。

《Track List》
A1.Attack Decay
A2.Monochrome Days
A3.Day Breaks, Night Heals
A4.Connotations
A5.Fade Away
B1.Interferon
B2.Six A.M.
B3.The Hard Way In & The Easy Way Out
B4.Perpetual


13 August 2008

Gang Of Four - Entertaiment! [LP/EMI EMC3313 1979 UK]

Gang Of Four(ギャング・オブ・フォー)は1977年英国の都市ヨークシャーのリーズでAndi Gill (gaiter)、John King (vocals)、Dave Allen (bass)、Hugo Burnham (drums)のリーズ大学に通う学生4人で結成されたPost-Punkバンド。バンド名は権力闘争に明け暮れた悪名高き中国の「4人組」に由来する。1978年にFast Recordsから1stシングル「Dameged Goods」でデビュー。このシングルがインディー・チャートNo.1に輝き、メジャー最大手のEMIと契約する。このバンドの中心となったのはギターのAndi Gillで彼の特徴であるメロディを廃し、徹頭徹尾リズムカッティングにこだわったドライなプレイがバンドの最大の特徴でもあった。1979年に発表されたの1stアルバム「Entertament!」は当時のP.I.L.やThe Pop Group、Joy Divisionなどの作品と並ぶPost-Punkの最高傑作で全英ヒットチャート45位のヒットとなった。音の方はメタリックでサイケデリックな色と微妙なファンク色を感じさせる鋭い硬質なギター、そこに力強いベースとドラムが加わり独特のうねりを作り出している。エフェクトをほとんど掛けないデモ・テープのようなシンプルな録音ゆえ、かえって異様な程の緊張感と生々しさを生んでいるし、今聴いてもかなり新鮮だ。やはりAndi Gillのギタープレイは出色だ。尚、1995年リリースのCDバージョンは1980年12インチシングル「Gang Of Four」から3曲がBounus Trackで追加されている。


《Track List》
A1.Ether (3:50)
A2.Natural's Not In It (3:07)
A3.Not Great Men (3:05)
A4.Damaged Goods (3:27)
A5.Return The Gift (3:02)
A6.Guns Before Butter (3:48)
B1.I Found That Essence Rare (3:07)
B2.Glass (2:28)
B3.Contract (2:41)
B4.At Home (He's A Tourist) (3:33)
B5.5.45 (3:43)
B6.Love Like Anthrax (4:20)

10 August 2008

Public Imge Limitd - Metal Box [12"×3/Vergin METAL 1 1979 UK]


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Public Imege Limited(PIL)は1978年に「ロックは死んだ」と宣言しSex Pistolsを突如脱退したJohnny RottenことJohn Lydon(vocals)が、Keith Levene(guitar)、Jah Wooble(bass)らと結成されたPost-Punkバンド。1978年にデビューアルバム「Public Imege」をリリース。このアルバムは全英チャート22位となるヒットになった。そして、1979年にリリースされたのが2ndアルバム「Metal Box」だ。音質にこだわったJohn Lydonのアイデアで45rpm12インチ・アナログ盤3枚組をアルバムタイトル名通り金属缶に納めた初回限定5万セットで発売。このアイデアに関しては、実はFactory Recordsの社長Tony Wilsonも密かに考えていたらしい。結局のところ実現したのはPILの方で採算など度外視したこのアイデアの費用はバンドが受け持った。(Second Editionはノーマルジャケット33rpmに変更)さて、音の方はレゲエ、ダブの流れから超重厚なJohn Wardleのベース音を軸にフリーキーなJohn Lydonの病的ヴォーカル、それにKeith Leveneのエキセントリックなギターリフが絡むカオティックな空間が広がるダウナーなサウンド。ジャマイカのサウンドシステムからのへヴィービートやダブ、CAN、Neu!などのクラウトロック的なリズムアプローチをヒントにしたものと思われるどれも見事に組み合わされたPILの最高傑作アルバム。自ら作ったパンクの流れを強制終了させ、パンク以降のサウンドを自ら見事に提示した。個人的にはA1.Albatross、B2.SwanLake、C1.Poptones、C2.CareeringがRecommend。


《Track List》
A1.Albatross (10:32)
B1.Memories (5:05)
B2.Swan Lake (4:19)
C1.Poptones (7:45)
C2.Careering (4:32)
D1.No Birds (4:43)
D2.Graveyard (3:07)
E1.The Suit (3:29)
E2.Bad Baby (4:30)
F1. Socialist/Chant/Radio 4 (12:31)



5 August 2008

The Pop Group - Y[LP/Radar Records RAD20 1979 UK]

The Pop Groupは1977年に英国南部の都市ブリストルでMark Stewart(vocals,lyrics)を中心に、John Waddington(guitar)、Gareth Sager(guitar)、Simon Underwood(bass)、Bruce Smith(drums)の5人で結成されたのPost-Punkバンド。翌年、デビューシングル「She Is Beyond Good And Evil」を経て1979年発表された1stアルバムがこの「Y」だ。プロデューサーはレゲエ畑の大物Dennis Bovellが担当している。過激な政治的歌詞にヘヴィファンク、フリー・ジャズ、レゲエ、アフロミュージックなど様々な要素にパンクの攻撃性を持ち込んだフリーキーかつ圧倒的なパワーのサウンド。彼らがこのアルバムを発表した時点でティーンエイジャーだとはにわかには信じられないオリジナリティだ。彼らはそのテンションの高さゆえその後2年足らずで解散してしまうが、分裂後もメンバーはそれぞれバンドを組み(Rip Rig&Panic、Pigbag、Maximum Joy、Mark Stewart + Mafiaなどに枝別れした)Post-Punkシーンに影響を与え続け活動した。この30年以上前の発表のアルバムではあるが今以ってオリジナリティのあるサウンドだし、彼らが後進へ与えた影響は多大なものがある。尚、CDバージョンでは1979発表のシングル「She Is Beyond Good And Evil」が追加され、さらに2007のバージョンではこのシングルのB面にあたる「3:38」がBonus Trackとして追加になっている。


《Track List》
A1.Thief Of Fire
A2.Snowgirl
A3.Blood Money
A4.Savage Sea
A5.We Are Time
B1.Words Disobey Me
B2.Don't Call Me Pain
B3.The Boys From Brazil
B4.Don't Sell Your Dreams


4 August 2008

Joy Division - Unknown Pleasures [LP/Factory FACT10 1979 UK]

Joy Division(ジョイ・ディヴィジョン)は1976年、英国マンチェスターのサルフォードで結成されたPost-Punkバンド。Sex Pistolsが1976年、マンチェスターで行ったライブを観て衝撃を受けたBernard Sumner(guitar)、その同級生だったPeter Hook(bass)はその晩バンド結成を決意する。その後、そのライブで居合わせたIan Curtis(vocals)が加わり、ドラマーは固定出来ていなかったが、数名を試した後にStephen Moriss(drums)が正式にメンバーとなった。バンド名は当初はStiff Kittens(スティッフ・キトゥンズ)を名乗り、Ian Cirtisが加わった後、彼の発案でWarsaw(ワルシャワ)に改名して活動するが1978年の年明け早々にロンドン似た名前のバンドの存在を知ることとなり、バンド名はWarsawから最終的にJoy Divisionに落ち着いた。因に"Joy Division"とは第二次世界大戦中のユダヤ人女性の日記「House Of Dolls」に描かれたナチスドイツの時代の将校用の性的慰安所の名称のことである。その後、彼らは1978年6月に自主制作のシングル「An Idel For Living」を1000枚限定でリリース。そして、地元でスタートしたばかりのTony Willson率いるFactory Recordsと契約。このアルバムは、1979年6月にリリースされたJoy Divisionの記念すべき1stアルバム。FactoryのデザイナーPeter Savilleによる恒星爆発時の電磁波形をあしらい、バンド名、曲名などのクレジットを一切排除したシンプルなジャケットに初期のWARSAW時代の荒削りなパンクロックから脱皮し、Ian Curtis陰鬱な歌詞に圧倒的存在感のヴォーカル、天才プロデューサー、Martin Hannettのよるノイジーなドラムサウンドや様々なSE、クラウトロック的なハンマービートなどを取り入れたダークでデジタルな感触を伴う独自のサウンドに成功している大傑作アルバム。だがBernard Sumner、Peter Hookはこのアルバムが嫌いだったという。ライヴな録音をしてラウドなサウンドにもかかわらずのオーバープロデュースと感じたようだ。確かに彼らのライヴの音源を聴いていると、このアルバムはMartin Hannettがかなり手を加えた感じはあるが、全体にダークでクールな感触の曲調が他の同時期バンドとは一線を画しておりPost-Punkの幕開けを告げる大傑作アルバム。A1.Disorder、B1.She's Lost Control、B2.Shadowplayは名曲だ。

《Track List》
A1.Disorder (3:36)
A2.Day Of The Lords (4:43)
A3.Candidate (3:00)
A4.Insight (4:00)
A5.New Dawn Fades (4:47)
B1.She's Lost Control (3:40)
B2.Shadowplay (3:50)
B3.Wilderness (2:35)
B4.Interzone (2:10)
B5.I Remember Nothing (6:00)